トラック1

娘「お母様、ガブリエルは三大天使の一人でキリストが生まれることを聖母に伝えたんだって。 ミカエルは聖戦を率いて――」

母「へぇ、そうなの。その本ももう随分読んだでしょう、今度また違う本を買ってくるね」

娘「今度はもっと詳しいのが欲しい!」

引き戸を開ける音

医師「楽しいおしゃべりを中断してすみません、今日の診察をしますね」

うえさま「あのね、あまつき先生は知ってる?四大天使は偉大で、神の御言葉を受け、民を動かし、 天を――」

母「しっ!エル一人の部屋じゃないのよ、静かにしなさい。ハマったらいつもこうで、 すみません、あまつき先生には本当にいつも」

医師「いやいや、いいんですよ、ただ胸の音が聞こえづらいかな、特に変わりないし、 じゃあね、エルちゃん」

カーテンの閉める音

娘「えー!あまつき先生、まだ行っちゃだめー」

トラック2 さて、こちらの暦では先天元年というらしい、李隆基は皇帝に即位し玄宗と呼ばれるようになる。

民を思う彼が行ったまつりごとは唐の国土を広げ、文化は栄え、平和をもたらし、のちに盛唐と呼ばれた。

開元25年、病に倒れた武恵妃は息子を皇太子にさせるという夢も虚しく最後までそれを望んでこの世を去った。

これから始まるのはそのあとの話である。

開元23年、16歳で宮廷という地獄に連れていかれた楊玉環。

地位のある妻だけでも正妻である皇后、 側室でも貴妃、淑妃、徳妃、賢妃…と81人。

その側室の最上位で ある貴妃に冊立されるまでに十年の歳月を要した。

もちろん、それまでには様々な悲喜劇があったのであった。

ばいひ「紅桃、これを安禄山将軍に」

うえさま「あら~文でございますかぁ~陛下にではなく?」

トラック3

江采蘋は学者の家の娘として福建の甫田に生まれた。

十五を過ぎた頃、美しい娘だと有名になると都の使者だという役人がやってきて幾疋もの絹布や

多くの俵に包まれた穀物がうずたかく積まれ、娘は知らない内に麻の普段着から鮮やかな襦裙を 着させられ、馬車に乗せられて故郷を離れたのであった。

瞬く間に寵愛を受け、江采蘋は自分の屋敷を与えられる。

彼女はその庭に梅の花を植えさせ、 次第に彼女は「梅妃」と呼ばれるようになる。

楊玉環は玄宗の息子、寿王の妃として宮中に入った。

が、その美貌に惚れ込んだ玄宗の妃となるべく、一度道士として出家し、 この世との縁を切ることにした。その道士としての名が太真である。

トラック4

ばいひ「これはきっと太湖で採れたお茶に違いないわ」

うえさま「ばいさまはお茶に大変お詳しくてらっしゃいますね~」

げんそう「まいったな、闘茶で勝てることはこの先もなさそうだ、褒美は何がいいかな?」

ばいひ「では、冬の最中でも梅の花が見られるように南方から枝を取り寄せてください」

げんそう「ということだが、高力士できるかい?」

ガブリエル「勿論です、陛下、手配させましょう」

うえさま「もう宮中の方々は太真妃とお呼びになってますわ」

日に日に翳りを増す梅妃の心。

ついには楊太真、また玄宗から名を賜ったその姉妹たちの韓国夫人、虢国夫人、秦国夫人らの 罠により、梅妃は梅亭に幽閉されてしまう。

そして天宝四年、楊太真は貴妃に冊立される。

失意の中、突然玄宗が自邸に梅妃を呼び寄せる。

久々の語らいに明るさを取り戻す梅妃。

ああ、よかった陛下は私をお見捨てになったわけではないのだと――

ようきひ「陛下、そちらにいらっしゃいますのね?」

玄宗「ああ、玉環どうしたんだい」

ようきひ「これは女物の沓でございましょう?どなたのものですか?! 私が頂いたものではありません!そちらにばいさまがいらっしゃるんでしょう!?」

玄宗「すまない、梅妃、帰ってはくれないか…」

ばいひ「闘茶では陛下に勝てますが、まつりごとではとても私は勝てませんから」

トラック5

楊貴妃「お姉様、生誕祭で弾くのは琵琶がいいかしら、磬(けい)を打つのがいいかしら」

霜が降りる日も増えてきた九月、宦官も女官も玄宗の生誕祭の準備で慌ただしくなりはじめた。

楊貴妃やその姉妹たちも何を着ようかと出入りの絹布の商人と一緒にあれこれと襦裙の 生地に思いを巡らし、準備に 忙しい。

ばいひ「今年の生誕祭は何を着ようかしら」

うえさま「ばいさまー、高力士さまがいらしてまーす」

ばいひ「何?高力士さまが直々に…」

うえさま「ガブリエル、玄宗の謝罪の手紙は」

ガブリエル「こちらです、うえさま」

手紙を袂に押し込むような音

ガブリエル「ばいさま、今回の生誕祭は奥様がいらっしゃいますから、ご出席を控えていただきたく存じます」

ばいひ「奥様ってあのでぶ女のこと?」

ガブリエル「左様でございます」

ばいひ「私が、私が、妃であったはずなのに…」

ガブリエル「これ以上の揉め事は陛下の御心にも触ると存じますので… 陛下にも既にお伝えしております、その詫びにとこちらの箱を」

木箱を開ける音

ばいひ「…何よ、真珠の首飾りなんて、つけていく場所もなくなったのに、どうすればいいのよ、何の文もついてないじゃない…」

うえさま「ばいさまー、そんなに落ち込まないでください、きっと陛下もご心配なさっていますよー、 そろそろ冷えてまいりましたから火鉢を出しますねー」

そういって侍女は手紙を火鉢に投げ込むのであった。

トラック5

玄宗「楊一族には土地や仕事を与えよう」

楊貴妃の寵愛とともにみるみる出世を遂げた玉環の従兄の楊釗。

玄宗「楊釗よ、そなたは国に忠義を尽くしてくれた。国忠という名前をやろう」

ありがたきことだと型にはまった謝辞を述べる楊国忠。

ガブリエル「陛下、節度使の安禄山将軍が来ています」

玄宗「うん?節度使?珍しいな」

節度使の安禄山だと名乗った男は異国の血を引いており、変わった顔立ち、そして恰幅のいい体格、というより 醜いといってもよいほどの腹回りであった。

玄宗「安禄山よ、お前のその腹の中には何が入っているんだ?」

この腹の中いっぱいに陛下への忠義が入っておりますと男は恭しく返す。

楊貴妃「あはは!ほんとにおもしろいわ!」

玄宗「本当だな、いやぁ面白い面白い、今後も仕事に励むように」

安禄山は地方軍を統べる節度使であった。初め平盧だけを担当していたが、これ以降 范陽、河北も任されるようになる。

うえさま「安将軍は三つの節度使を兼ねることになったんですって、ばいさま」

ばいひ「そして李宰相の亡き後、でぶ女の従兄が宰相になるっていうわけね」

うえさま「近頃は宮廷で目も合わせないそうですよ~安将軍と楊宰相は」

ばいひ「まるで、私と玉環と同じね、李宰相だって本当は病死かどうかもわからな…うん? 私と玉環が同じ…?」

ばいひ「安禄山将軍、少しお話がありますの。楊国忠様とあまり仲がよろしくないようなのは、 私も存じております。李宰相もあの男は危険だとおっしゃってますし――」

トラック6

楊国忠はとんでもない男だ、身勝手で民のことなど少しも考えていない、李林甫宰相は玄宗にしきりに助言した。

しかし楊貴妃に現を抜かしている玄宗がまともに聞くはずもなかった。

玄宗「…と、李林甫が言っているんだが、どう思う、高力士」

ガブリエル「楊国忠様は大変良く働いてらっしゃいます、むしろ李林甫様のほうが危ないのではないでしょうか」

ガブリエル「張九齢様があの胡人の節度使には気を付けろ、と」

玄宗「ああ、また九齢か、本当にあいつはうるさいよ」

張九齢の言ったことは嘘ではなかった。

楊国忠との権力を巡った対立が深まったことを理由に 幾つもの節度使を兼務した安禄山はその兵をもって謀反を起こしたのである。

天宝十四年、安史の乱と呼ばれる。

ばいひ「紅桃!紅桃!何処に居るの、私達も逃げなければ、陛下はもう…。紅桃、いないの!?」

うえさま「ばーか、君子危うきに近寄らずっていうじゃない、私は高みの見物とするわ!」

ガブリエル「さあ紅桃も車に乗って」

うえさま「待ってよ、ガブr…いや高力士さま」

御者「高力士さま、そのおなごは誰なんです?」

ガブリエル「まあ姪といったところですかね、馬を出してください」

御者「はぁ、それにしても宦官さま方はみなさま若々しいですが、高力士さまは 少年のように美しく別人のようですなぁ」

うえさま「あー、この時代だとほんと乗り心地が悪いわね、どのくらいで馬嵬に着くかしら。 あの女やあの女が死ねば、私はまた――」

トラック7

天宝十五年、六月十三日、安禄山の軍との戦いに嫌気がさした玄宗の衛兵たちが馬嵬で反乱を起こす。

ガブリエル「陛下、衛兵たちは楊一族のせいでこのいくさが起きたと訴えております」

玄宗「こんなにうるさいのだから、朕にも聞こえている!わざわざ言うんじゃない…」

ガブリエル「やむをえません、楊宰相にご自害を」

うえさま「高力士さま!衛兵によって楊宰相が…楊宰相が…」

ようきひ「国忠さまが!?どうして国忠さまが殺されなければならないの…」

うえさま「しかも楊一族は皆殺しにせよと、みな叫んでおります!」

玄宗「貴妃は位を捨て、庶民に落とすと衛兵たちに伝えよ!」

ガブリエル「陛下、最早諦めましょう、何処に流罪にしても彼らは納得しません」

玄宗「玉環…すまない…守ることができず…」

ようきひ「陛下と私は一心同体。あの世でもきっと一緒になれますわ」

楊一族は貴妃を除いて兵士たちに殺され、玉環も玄宗の命を受けた高力士の手で絞殺された。

うえさま「あーあ、この場に来てまでロマンチックなこと言っちゃってるのね」

無論その頃、長安でも安禄山の軍は蛮行を起こしており、梅妃の住む梅亭まで押し寄せていた。

ばいひ「誰よ、あなたたち、安将軍の兵なのね!?やめて頂戴、宝石も金もなんでも持っていくといいわ、 命だけは、命だけは」

梅妃の命も玉環の命も玄宗の愛も全ては美しく咲き誇り、儚く散る花と同じだった。

ばいひ「私は玉環を…楊一族を追い出したかっただけなのに…どうして…」

ここから茶番

うえさま「反省会をしたいと思います!古きを温めて新しきを知る!この歴史の過ちを繰り返さないために、 二人の死?…うーん、もっといっぱいの死を無駄にしないために!はい、ガブリエル、意見!」

ラファエル「そもそも今回に限らずありとあらゆる揉め事、うえさまが引き金ですよねぇ」

うえさま「高飛車!枝毛探しながらしゃべらないで、ていうか私はガブリエルを指名してるの、がーぶーりーえーるー!」

ガブリエル「あ、うえさま、申し訳ありません、プリンターをインクジェットプリンターからレーザーに変えたら トナーの交換になれなくてですね」

うえさま「粉かぶって服が真っ赤じゃない!誰か濡れ布巾!」

ミカエル「そういう細々したことをやる下級天使はいないのかね?我々の時はたくさんいたのだが」

うえさま「老害の若いころとは違うのよ(笑)」

ガブリエル「まあ、非正規なら雇えますかね」

ミカエル「何回も何回も年寄り扱いして…元の世界にも自力で帰れない小娘のくせに口だけは達者じゃな」

ウリエル「まあまあ…皆さん喧嘩せずに…どちらにしてもうえさまの行幸はそろそろ終わりに しないといけませんし、還幸の用意を…」

うえさま「カンコウ?帰るってこと?何処に?文字の読みすぎで頭おかしくなったんじゃない? がり勉くんは六法全書で筋トレでもしたら?」

ガブリエル「うえさま。ご心配なさらず、お帰り先でも私がついていますし、いつもお使いの毛布と くまのぬいぐるみとお気に入りの本は一緒にしておきますから」

ラファエル「本当はもう気づいてるんじゃない?あ、ヒール折れそうだわ、 そうえば大元帥さん良いファンデーション知らない?カバー力が高いやつ」

ミカエル「ラファエル殿にはぜひ質の悪いのをお使いいただきたいところじゃ」 ウリエル「ここは一応会議室ですよ、二人ともご静粛に!」

うえさま「だ、だいたい、私がいなくなったら、神は、神は、誰になるっていうのよ」

ミカエル「うえさまはご自分がご即位したときの記憶をお持ちか?」

うえさま「神は私一人よ、ずっとずーっと、ねえガブリエル?」

ガブリエル「私はいつでもうえさまの味方です、うえさまがそう願ったように」

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