1.もう一つの自覚

2.全ては華の如く

3.醜く美しく

4.彼の盲愛を受く

5.禁裏に巣食う思惑

6.将軍の謀反すまじく

7.請えども幾許も無く

8.我が神に楯突く

1.モウヒトツノジカク

2.スベテハハナノゴトク

3.ミニククウツクシク

4.カノモウアイヲウク

5.キンリニスクウオモワク

6.ショウグンノムホンスマジク

7.コエドモイクバクモナク

8.ワガカミニタテツク

2.全ては華の如く

陛下の愛の為 自分の名前は捨てた

我が名は江采蘋 皆は梅妃と呼ぶ

春を告げる梅樹 いつかこの花のように

私も咲き誇れる その日を信じた

お妃が病に倒れた時には 遂に私の時代が来ると確信したわ

怜悧にして美貌を持ち合わせている私は

もう既に妃の座 手に入れたも同然ね

幼い頃より詩歌を嗜んで皇帝とも

話が出来るなど他にはいないから

あの女がいなければ

私と同様に高力士が連れてきた

彼の名は楊玉環 いつしか貴妃となる

舞を見せたならば 披帛生き物のように

優雅に翻り 皆を魅了した

琵琶に長け 音楽に明るい女

けれど陛下を取られることは許せなかった

私とまるで違う 当世流行りの姿態

豊満にして美しく 芳香漂わせて

陛下はお気に入りのよう

彼女を呼ぶことが増え

徐々に私のことを忘れていくから

陛下からの文はない

あの安禄山将軍が企んでいたのは

楊一族の追放だけでは

まさか こんな

都に数多の兵

陛下や重臣はたちまち都から逃げた

勿論私を置いて

逃避行も終わりを告げ

楊貴妃は死を迫られ

梅亭にも兵士が 押し寄せ私を

全て華の如く散る

3.醜く美しく

暑がりの振りをして体の線が出る

薄衣ばかり纏い 其れが誘惑する為なの明らか

自然と良い香りが体から漂うなんて絵空事が

ただ香を焚いているだけでしょう

此処は女と宦官が支配している後宮

欲の深さ貴婦人ほど深さを増して

学者の家系に産まれて 知性育み

漢詩のやり取りも容易いこと驚くでしょう

陛下の寵愛を賜って 屋敷頂き

愛する梅の花を植えると 皆は梅亭と名付けた

女の癖に学が幾らあるところで

それをひけらかしたり殿方を上回っては駄目なのよ

孔子や学者達の文献諳んじて

そのずる賢さで陛下を騙して気に入られていた

けして諦めはしないわ 

梅娘娘が持つ全てを

必ず私の手中に収めてみせる

華清宮の地で彼女に 初めて会った

多くの歩揺にきらびやかな服に憧れ

私は私なりに彼女と異なる術で

嫋やかで風流な女の 演技で勝ってみせようか

あのでぶが楊の娘ね 舞踊だけは上手いそうね 玉環

あらあれは噂に高い 随分博識だとか 梅娘娘

そんな不安など忘れ 今日も侍女を連れ

歩揺を揺らして 宮廷を歩けば陛下の

「太真妃」と呼ぶ声がする

負けるわけ無いわ これからも

美辞麗句を並べ 文を出す筆を進める

4.彼の盲愛を受く

初めて御前に出て

不得手な舞いを見せ転んだ

私を皆笑った、御一人だけを除いては

古参の妃嬪 誰もが私を嫌って

其の度に陛下は其れを案じて

私を呼び寄せた

愛でる季節の花々 梨園の弟子達の管弦

冬は避寒に華清宮 湖面に映る満月

この夢の様な時が 続くのだろう

思えばよく似ている 住まいや行く先を選べず

対に成る花持たぬ 梅樹と孤独な私は

螺鈿の箱に 嘗ての輝き

金銀 鼈甲や珊瑚に

象牙や翡翠

次第に色あせて

あの女座る椅子は 気高き栄えある貴妃の名は

私が賜るべきだと 信じて疑いもせず

近頃使わぬ紅で 嘆きを綴る

女官が鞦韆で遊ぶ

人の思いの様に 行ったり来たり左右に揺れ

自ずと止まる

比翼連理と謳われ

近くて遠い興慶宮

襦裙の絹鳴りの音も

無意味にうるさいだけ

朝告げる暁鼓に 早馬の足音重なり

「いつもの梅の使者なのか」問えば「貴妃への茘枝」と

立ち込めた甘い香り

悲しみ呼んで

5.禁裏に巣食う思惑

踊子の稽古か 音色引き裂く叱声

この早い健舞が お披露目されるらしい

何斛になろうか 絶えず運び入れる酒器

宴の客も 呑み足りぬと言うまい

聖節には鬼が 棲むと皆囁く

進退は元より 賜死をも受ける

誰の盛衰見るだろうか

豪奢な饗宴騙る御世辞ばかり

媚びや阿諛するのも見飽きた

栄華はどのみち翳り消えるから

槍投げる軽業 傷一つ負うこと無い

空竹を放れば その腕前に喝采

手品師を坊から 高価な宝石隠し

惑わし驚くも 現れなんて愉快

貴妃の溢美の裏 幾人も殉ずる

後宮の絡繰 入内叶わず

膳の砂糖菓子は同じか

希少な此の果物も出されたのか

使者が話す訛り聞こえた

隔ては既に厚くて取れぬから

異邦の俗習が流行りだ

珍奇な文化は実に風情あるが

盾は持たせて良いだろうか

夷狄は時に天子に刃向かう

政執る務めが

容易な物では無いの知らないのか

人はいつも権威求めた

私欲が埋まらぬ溝を作るから

6.将軍の謀反すまじく

不穏な兆しなのか 李宰相が死んだ後

毒殺の噂さえ 流れる程権勢増して

不信の念抱き 儀式にも姿見せず

安将軍が何を 狙うのかまだ誰も知らぬ

平和に慣れすぎた 兵を減らしすぎた

胡人を受け入れた 節度使に託した

あの女と遊び疲れて 朝の務めに来ない

宰相や宦官に国を 任せたのが間違い

国忠の罪過が 遂に暴かれる

玉環もここに居られなくなるはず

遠くで戦が起きた 知らせ聞こえた

まさか耳を疑うが 謀反の訳無い

将軍南進続け 僅か一月 殷盛たる洛陽まで 陥落した

安寧祈るばかり 無学無才の宰相

陛下と高力士の 顔色を交互に窺い

暗愚の王と化し 太平の世も往時の

名君の姿など市井の人も忘れ去りぬ

美しい女に力を 預けるべきではない

少し前の女帝と同じ 女が呼ぶ禍

「私が長安を捨ててはいけない」

今 体裁繕う時には非ず 直ちに蜀へ逃げろと 焦る重臣

陛下と貴妃の荷物を 掻き集めてゆく

多数の役人残し 民を見捨てて

馬車に二人の愛載せて 逃亡した

人の愛は変わりゆく 花は裏切らず咲き誇る

陛下との花見の宴 夢か現なのか

迎えの馬車が来るのを ひたすら待った

使い一人なく梅亭から 出てみると

あの日の賑わい無くし 興慶宮も

もう誰も居らず私は 見放された

7.請えども幾許も無く

奇しくも私の故郷へ 帰ることになった

恐らく生家は荒んで もう住めはしないだろう

何故か心は落ち着いて 静観さえ出来た

国忠は喚くばかりで 端緒すら思い付かず

突如車が停まった 胸が騒ぐ何故ならば

我々が進みしはまだ 僅か一里のみ

私が国を傾ける 禁軍から口々に

奢侈と怠惰に因由し 鏖殺すれば終わりになる

民が蔵の穀物さえ 盗み出していった

粥の作り方も忘れ 長くは保たないだろう

彼の一族の排除だけ 単なる節度使が

王座欲していたなんて 目論みなど露知らず

玉環が居なくなれば 取り戻せたのだろうか

私が望んだのはただ 陛下の愛のみ

蛮声悲鳴入り交じる 見張りも居らぬ屋敷に

あの男と接触し 欲深さの報いを受ける

漸く此処へ帰り着く 待ち望んだ長安に

もう私は老耄し 戦一つ 鎮められず

我が子が天位に就く 彼が平和取り戻し

だが直ぐに蕭然とし 坊では物乞いが目に付く

﨟長けた君と 英邁な君と

亡くした全てと 仙郷で会おう

inserted by FC2 system